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椅子の向こうにある沈黙――杉山 佳、日本画の“空白”が語り始める
椅子の向こうにある沈黙――杉山 佳、日本画の“空白”が語り始める
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椅子の向こうにある沈黙――杉山 佳、日本画の“空白”が語り始める

椅子が置かれているだけ。机が、並んでいるだけ。なのに、そこには誰かの時間が残る――。日本画家の杉山 佳は、日常の“物”を精密に描きながら、見えている形より先に「いなかったはずの存在感」を浮かび上がらせる作家だ。見立てと引用を手がかりに、岩絵具の粒子を重ねたマットな質感で、沈黙まで作品にしてしまう。

杉山 佳は、1988年に奈良県で生まれ、東京藝術大学で日本画を学び、修士・博士課程を経て2020年に博士号を取得した。椅子や机といった身近な対象を描き、見立てと引用で「人の気配」や空白を表現する。近年は個展を重ね、収蔵先も広がっている。

項目 要点
作家名 杉山 佳(Kei Sugiyama)
出生 1988年、奈良県出身
学歴 東京藝術大学絵画科日本画専攻 卒業→修士・博士課程→2020年博士号
現職 東京藝術大学日本画研究室 非常勤講師/武蔵野美術大学 通信教育課程でも教壇
主な個展 2019〜2025年にかけて複数回(例:NADiff modern「森林について」、日本橋三越「〜あの部屋、その部屋〜」)
受賞歴(抜粋) 2015:台東区長賞、サロン・ド・プランタン賞、平成芸術賞 ほか
表現の核 見立て/引用/岩絵具の粒子を重ねたマット質感

“椅子のない椅子席”を描く理由――杉山 佳の視線

杉山 佳の絵でまず目を奪われるのは、題材が妙に身近なことだ。椅子や机、部屋の一角のような「日常の部品」が、画面の主役になる。だが、その並びや間隔は、単なる生活描写では終わらない。そこに残るのは、人物そのものよりも人物がいた/いないという境目の感覚だ。

作家自身の言葉に近い形で言えば、鍵になるのは見立て引用である。見立ては、あるものを別の意味へ読み替える働き。引用は、どこかで見た形や記憶の要素を、作品の内部で“取り出して使う”姿勢だ。杉山 佳はこの二つを組み合わせることで、対象の輪郭をなぞるだけでは出ない、空白の輪郭を描き出す。

結果として、鑑賞者は「誰がいたのか」「なぜ並んでいるのか」といった物語を勝手に補い始める。補うことで、作品は固定された説明ではなく、反応を待つ場になる。そこが、近年の個展で観客を引き込んでいる理由だ。

杉山 佳の作品世界:椅子や机など身近な対象と、岩絵具のマット質感

奈良生まれ、東京藝術大学で博士号――学びが“絵の設計図”になるまで

杉山 佳は1988年、奈良県で生まれた。日本画という分野は、伝統技法の継承に重みがある一方で、学問のように理屈を積み上げる姿勢とも相性がいい。杉山 佳はその両方を、きちんと身体化してきた。

経歴で特徴的なのは、東京藝術大学での歩みだ。東京藝術大学絵画科日本画専攻を卒業後、修士・博士課程へ進み、2020年に博士号を取得している。ここで重要なのは、学位が“肩書き”として機能するだけではなく、作品制作のための観察や検証の習慣を育てた点だ。

博士課程まで進む作家は少なくないが、杉山 佳の場合は、教育と制作が同じ方向を向いている。現在、東京藝術大学日本画研究室で非常勤講師として教壇に立ち、さらに武蔵野美術大学通信教育課程でも指導している。制作の裏側にある思考が、授業という形で外に出ているからこそ、作品の輪郭がブレにくい。

見立てと引用、岩絵具の粒子――杉山 佳の技法を構成する要素

杉山 佳の作風は、技法の話を避けては理解しにくい。絵の表面は、光を受けても“つるり”としない。むしろマットで、乾いた質感がある。これは、岩絵具の粗い粒子を多数重ねることで生まれる独特の層だ。

岩絵具は、塗るほどに粒子が見え、下地との関係も色味に影響する。杉山 佳はこの性質を「見せる」方向に使っている。粒が積み重なることで、輪郭は硬くなりすぎず、かといって曖昧にもなりきらない。結果として、画面に残るのは“触れられそうで、触れられない時間”だ。

さらに、見立てと引用が画面の構図に入り込む。たとえば椅子や机は、たいてい実用のための道具として理解される。しかし杉山 佳の絵では、道具が象徴へ変わり、象徴が生活の手触りを連れてくる。現実の記号と、記憶の記号が同居する。その同居が、鑑賞者に「そこに人がいたはずの感じ」を与える。

“部屋”を描くとき、部屋そのものは主役ではない

展示タイトルにも、その姿勢が現れる。2025年の日本橋三越での個展は「杉山佳 日本画展 ~あの部屋、その部屋~」と題されている。部屋は舞台装置だ。主役は、その舞台に残った気配である。タイトルが指す“あの/その”の対比が、作品の内部で空白として働いていると考えられる。

岩絵具の粒子を重ねたマット質感(イメージ)

個展の歩み――2019から2025へ、題材は“部屋の設計”へ

杉山 佳の発表は、単発で終わっていない。個展の連なりが、制作の関心がどこへ向かっているかを示している。2019年には銀座スルガ台画廊で「レスポワール展(個展)」を開催。2020年はアートスペース羅針盤で「杉山佳展」、2021年にはNADiff modernで「森林について」を行った。

ここで注目したいのは、題材の“面”が増えていくことだ。椅子や机といった身近な対象が、ある時点から「森林について」のように、より広いテーマと接続される。直接的な比喩で説明しないぶん、鑑賞者は作品の中で自分の連想を立ち上げる必要がある。杉山 佳は、その余白を設計している。

2022年のtwililightでの個展「椅子を並べる」は、名前の通り椅子の動作に焦点がある。椅子を並べるという行為は、誰かを迎える準備にも、何かを整理する作業にもなりうる。どちらとも取れる曖昧さが、杉山 佳の得意な“空白”の扱い方につながっている。

そして2024年は靖山画廊で「杉山 佳-集めて並べる-」。ここでは「集めて」という前段が入る。「並べる」だけでなく、集めることの理由が画面に滲む。単なる整列ではなく、積み重ねの歴史が示唆される。

2025年には日本橋三越で「杉山佳 日本画展 ~あの部屋、その部屋~」が予定され、部屋という枠組みがさらに強くなる。題材が広がるほど、空白も厚くなる。杉山 佳は、対象を変えるのではなく、対象の置かれ方を変えながら、同じテーマを深めているように見える。

受賞歴は“技量の証明”だけじゃない――2015年の強い足場

杉山 佳の評価は、展覧会だけでなく受賞歴にも現れている。2015年には台東区長賞サロン・ド・プランタン賞平成芸術賞を受けている。複数の賞を同じ年に得たことは、作品の完成度が高いだけでなく、審査側が見た“方向性の明確さ”があったことを示す。

2016年には松伯日本画大賞展で優秀賞。その翌年以降も、制作と発表のサイクルが途切れていない。2023年には第50回記念創画展 創画会賞受賞があり、これもまた、作家としての持続的な質が評価された形だ。

受賞歴の意義は、作家の名を早く知らしめることにとどまらない。受賞のたびに制作上の選択が“外側の基準”を意識し始めるが、杉山 佳はその基準を、表現の空白を削る方向ではなく、空白をより説得力ある形に整える方向へ使ってきたように映る。

収蔵先が語ること――佐藤美術館や行政機関に残る作品

作品がどこに残るかも、作家の輪郭を決める要素だ。杉山 佳の作品は、佐藤美術館台東区役所東京藝術大学大学美術館などに収蔵されている。美術館だけではなく行政機関にも収蔵されている点は、地域に対して作品が“説明可能な価値”として受け止められていることを示唆する。

また、東京藝術大学大学美術館への収蔵は、学びの場と制作の場が結びついている印象を強める。研究と制作が別々の世界ではなく、同じ構造の中で動いている作家だからこそ、収蔵の意味が重くなる。

次の関心は「物」の扱い方そのもの

今後の展開を考えるとき、杉山 佳の関心は“何を描くか”よりも“どう置くか”にある。椅子や机をただ描くのではなく、集め、並べ、部屋として成立させる。そこに残るのは物の記録ではなく、物が受け取った時間の記憶だ。

この姿勢は、現代の私たちが抱える生活の断片化とも響き合う。スマホの通知が途切れない時代に、通知がない空白の時間を見つけるように、杉山 佳の画面は“何も起きていないように見える時間”を立ち上げる。

杉山 佳を追う観覧ガイド――初見で迷わない見方

杉山 佳の作品を初めて見るとき、説明を探しすぎると疲れてしまう。代わりに、次の観点で見ると早い。第一に、椅子や机の間隔だ。詰まっているのか、離れているのか。その差は、そこにいた人の距離感を暗示する。

第二に、輪郭の固さと、表面の粒子の見え方。岩絵具の粒子は、光が当たる場所とそうでない場所で印象が変わる。動かずに見ていても、見る側の体勢で情報量が増減する。そこが作品の呼吸だ。

第三に、タイトルを軽視しないこと。たとえば「椅子を並べる」「集めて並べる」。行為が入るタイトルは、絵の中で“誰かが動いた”可能性を開く。可能性を開くことで、空白は物語ではなく感覚になる。

最後に、作家が教育者である点も頭に置いておくといい。杉山 佳は東京藝術大学で教え、武蔵野美術大学でも指導している。つまり、制作は完結した趣